浅香本日は上田会長の人物像に迫るインタビューをさせていただきたいと思います。
新ケミカル社は弊社の内装事業のお客様です。そこで最初の質問ですが、上田会長にとって、ずばりオフィスとは何でしょうか。
上田オフィスは生活空間です。家と全く同じように、玄関や客室は美しく、書斎、執務室は緊張感がある場所。特に、お客様をお迎えする受付は会社の品格が現れる。私は全ての出会いにおいて、第一印象を大切にしているのですよ。だから美しさや暖かさを感じる受付を意識します。
品格、美といえば、上田会長ご自身のご趣味、能楽の印象とぴったりですね。能はいつからはじめられたのですか?
37、8才のころから20年以上続けています。
そもそも、私は仕事が大好きで、他に何もしてなかった(笑)。見かねた母が、自分もしていた能を勧めてくれたのです。
それで始めたら、能楽が、上田会長の一途なご性格にぴったりきたのですね。
いや、最初はぼちぼち(笑)でした。でも転機がありました。42才の時大病で、6ヶ月も会社を休み休養を余儀なくされ「仕事ができなくってホントに辛いなぁ」となったのですが、能楽があって乗り切れました。自分にとって重要だとつくづく思った。能楽は自分を助けるもの、生きて行く上で必要不可欠、それでより深めたいと考えるようになったのです。
深めるほどはまる能楽の魅力とは何ですか?
まず能楽は平等な世界です。先生が絶対的存在で、弟子は皆平等。生まれも育ちも関係ありませんし、努力した人はもちろん上手になります!また、日本の伝統文化である能楽に触れるということは、日本人の精神構造を理解するのに役立つ、能は精神を健全に保つ効果があると感じています。日本人は昔から心のどこかに神、仏の存在を求めていて、能楽はそれを表現していると思う。無宗教といいながら神、仏を生活習慣の中に取り入れ、自然の中の神だったり、様々な神を感じながら生きてきた。例えばお寺にいけば自然と手を合わせる、祈ったりと。能をしていると、神や仏を求める日本人の心に触れるような気がしますよ。



「千と千尋」のように日常の中の多くの神と共存しているような世界観?
そうそう。また、能では神、仏の他に、鬼もでてきます。能楽の世界で、鬼は人間の悲しい姿。悲しい事が溜まって苦しんでいる鬼を錫杖(しゃくじょう)で弔い、成仏させてあげるわけです。あ、ところで能は私の仕事に役立っていると思ってますよ。役員になるとね、人から叱られる機会が少なくなるでしょ。でも能は先生に絶対服従、先生に叱られる(笑)。人間はやはり他の人から指導をうけるということが大切だと思う。年をとると“おごり”とか“傲慢”が出てきがちだけど、能をしていることでその気持ちが修正される。
上田さんが叱られているところは想像しづらいですね(笑)。
あはは。そうかな。あと、能楽は誰にも頼らず一人で行うため、自分の力がわかってしまうもの。仕事は集団、組織で行うものですから、リーダーがいたりサブリーダーがいたりですよね。能は個人なので、部下を叱ったり他人を批判したりということは決してない。常に自分を見つめ、稽古をし、楽しくて苦しい、自分との闘いです。
上田会長はストイックですねぇ。
そうだね。自分を戒めているというか、心の鍛錬をしてます。なんだかの形で毎日練習してますよ。特に出張の飛行機の中は絶好のチャンス。あっと言う間に着いちゃうよ。
話かけたら怒られる訳ですね。
その通り!
もっと能楽のお話を伺いたいところですが、そろそろ次の話題、食のテーマに移りたいと思います。御社上海の某総経理から、会長は美食家と伺っています。
私にとって、食事は味だけの問題ではなく、全てのコーディネートが大切です。食材、器、お店の雰囲気もそうですが、接客も重要な要素です。宿に泊まる時は、仲居さんの器量もポイントの一つです。店に入った瞬間に自分の評価が5割以上決まり、お店の人が出てきて7割以上決まります。玄関の雰囲気で、店の客に対する姿勢や心遣いが分かるからです。
それはお店にとって恐ろしく速い評価ですね。
だから、私はお客様が我が社に対して感じること=品格が大切だと考えます。新ケミカル商事の今年のテーマは「会社の品格」なんですよ。会社の品格は“信頼”“信用”に繋がります。品格がある会社とは、相手のことを考える会社。受付や入り口がキチンとしていて、お客様が快く入ってこれる環境がある。品格がないと、だらしなく見え、事務所内に覇気もなくなると思います。能楽で“構え”というのがありますが、会社の雰囲気が気持ちよく“ぴしっ”としていることも、お客様を迎えるのに大切な心構えです。軍隊で「苦しくなったら将校を見ろ」といいますが、会社の経営陣が一番“ぴしっ”です(笑)。
では、ここで人生半世紀以上を過ごされ、一番印象に残ったこと、考えが変わるきっかけとなったイベントをお話いただけますか?
会社に入り、10年間大阪支店で営業をした時に経験したことです。商売とは厳しい!と、心から思った。個人の力で営業をすることがどれだけ大変か、挫折もあったし、若かった自分の価値観が変わりました。
自分の人間力を高めなければいけない、とかですか。
そうだね。そのためには相手のためをとことん考えること。相手がどうすれば喜ぶかを考え、先にする、言われる前にする、ということだと思った。この人だったら買ってもいいかな、と思ってもらえるように、人の輪に入れるようにするというか。印象に残った事といえば、大感激したことがあります。現在の新ケミカル社は平成16年8月設立で、当時新日鉄住金化学社の100%子会社でした。平成18年に、日豊ホールディングスに株の90%買ってもらう時、それまでの新日鉄住金化学からの取引先、商流が無くなりそうになりました。慌てて各取引先の部長さん達にお願いに行きましたよ。ほとんどの会社が残ってくれました。本当に嬉しかった。これらの会社、担当者の方々にご恩返しをしたいという気持ちで現在もやっています。新ケミカルの現社長の宮永も、残ってくれた取引先の一人です。
ドラマチックなご経験ですね。最後に経営者として大切にされていることを教えてください。
会社の収益をあげて、社員の生活を守ることです。
端的なお答え!
そうですよ。それは結局社会全体を守ることです。社員の皆にはよい仕事をしてもらい、幸せな生活をして欲しい。
社員がよい仕事をできるように、どんな工夫がありますか?
給与はできるだけ沢山払ってる(笑)。男女差別もしないし、制度や福利厚生もきちんとしています。でもそういうことだけでなく、一人一人の社員といかに向き合っているか、対話をしているか、が大切だと思う。結果に対する評価ではなく、プロジェクトの途中での対話です。人間はやはり個々の価値を周りに認めて貰いたいものだと思う。いい仕事をしていれば、そう言ってあげるし、困った場合はどうしたいのかを聞き、一緒に考える。社員との対話が、収益に対する結果報告だけになっては意味がないよ。新ケミカルの品格についても皆で考えます。
ありがとうございました。